トランスポット

   

出版翻訳家 松村哲哉さん

早期退職後、出版翻訳家に。第二の人生を歩めた

翻訳家を目指し百貨店の早期退職後にカレッジコースに通った松村氏。インタビュー当時はまだ訳書も少なかったそうですが、今では目標であった出版翻訳家としてご活躍されています。

早期退職を選び、翻訳家の道へ

  • 死ぬまで働きたい

    松村さん

    松村哲哉さんの翻訳作品
    松村哲哉さんの翻訳作品

     5~6年前、勤務先の百貨店の社員食堂で食事をしていた時だったと思います。急に「死ぬまで働きたい」と思ったんです(笑)。定年退職をして、金銭的にも余裕があり、周りから見れば悠々自適な老後をおくっている方々でさえ、その様子を見ていると必ずしも楽しい日々を過ごしているわけではない、ということがだんだんわかってきた時期でもあったんですね。仕事をしているときは、今まで忙しくてできなかったことをあれもしようこれもしよう、と意気込んでいたにも関わらず、趣味だけでは老後はもたない、と突然実感したんです。

     早期退職を選んだのは、60歳になってから辞めたのでは新しい仕事を始めるのは無理だろうと思ったからです。翻訳家ではありませんが、定年後に別な仕事を始めて、そこそこ活躍はしているけどお金を稼ぐところまではいたっていないという方の話も新聞に載っていましたし。やっぱり遊びやボランティアではなく、お金をもらって仕事をしないと、自分にプレッシャーがかかりませんからね。ある程度緊張感のある生活をしていて、そのプレッシャーからふっと解放されたときにクラシック音楽を聴くのが、僕にとって至福の時なんです。

  • 歳を取っても続けられる仕事として「翻訳」を選択

    松村さん

     それで、いざ会社を辞めて自分に何ができるかを考えましたが、すぐにできることが何も思いつきませんでした。多少英語には自信がありましたが、実力を証明するものがなかったので、とりあえずTOEICを受けたところ思いのほか高得点が取れて、調子に乗っちゃったんです(笑)。それで英語力を活かせる仕事、そしてある程度歳を取っても続けられる仕事として「翻訳」を思いつき、通信講座を受講することにしました。仕事が終わって家に帰ると眠くなるので、外で軽く食事をして、喫茶店で2時間くらい課題に取り組むという生活を一年半ほど続けました。自分にしては珍しく続けられたので、これなら実力はともかく嫌にはならないかなと。

     そこへちょうど早期退職の募集があり、社内報を見た途端にこれは「天の声」だと思い、1秒もかからずに決断しました。

翻訳では英語の解釈力が1/3、日本語の表現力が1/3、そして調査能力が1/3

  • 全日制で生活のペースを保つ

    松村さん

    松村哲哉さんの翻訳作品
    松村哲哉さんの翻訳作品

     早期退職を決めたとき、とてもお世話になった元上司に挨拶に行きました。そこで、初めて奥様がフェローの前身で講師をやっていらしたということを聞きました。実はそれまでフェローのことは何も知らなかったのですが、調べたら全日制のコースもあるし、家内にも、生活のペースを乱さないためにも毎日通えるところに行ったほうがいいんじゃないかと言われ、4月に総合翻訳科「カレッジコース」に入学しました。
     履修方法によっては週4日通えばいいカリキュラムも組めたのですが、規則正しい生活をするために敢えて週5日にして、朝10時くらいから夕方の5時くらいまでずっとフェローのある翻訳会館にこもり、授業のないときはパソコンルームで学習するという生活を続けました。カレッジコースに通っていた一年間は生活にリズムができ、今までにないくらい英語の勉強をして、非常に充実した期間でした。
     クラスでは私が最年長で、周りには20代、30代の女性が多かったですが、幸か不幸か百貨店って、職場の同僚が若い女性ばかりなので、違和感は全くありませんでした(笑)。

  • カレッジコースで学んだこと

    松村さん

     仕事の需要のうち9割以上が実務翻訳というのはわかっていたのですが、出版関係の翻訳になんとか食い込めたらいいな、という思いがありましたので、カレッジコースでは実務翻訳関連の講座以外に、文芸翻訳や児童文芸といった科目も取りました。
     翻訳の仕事を始めて実感したことですが、仕事ではスピードが要求されます。児童文芸の講座は20ページくらいの宿題がどんと出るので、早く訳す練習になりました。夏休みに原書を読んで企画書を書くというリーディングの宿題も、あとですごく役に立ちました。
     また、翻訳では英語の解釈力が1/3、日本語の表現力が1/3、そして入学当時は想像もつきませんでしたが、調査能力が1/3だということを、どのジャンルの先生もおっしゃっていました。それと、良い意味での「こだわり」ですね。とくに日本語の表現に対するこだわりは、とても大事だということを強く感じました。

自分の実力不足を思い知らされた日々

  • 仕事がしたい!

    松村さん

    松村哲哉さんの翻訳作品
    松村哲哉さんの翻訳作品

     カレッジコース修了後は「経済・金融ゼミ」と「ノンフィクション」の二つの講座を併行して受講しました。ゆくゆくはノンフィクションの翻訳を手がけたいものの、仕事では実務翻訳をやっていかないと…という思いがあったからです。
     自分の実力不足を、カレッジコース受講中に思い知らされましたので、しばらく仕事はせず学習に専念するつもりでした。ただ、カレッジコースを修了して講座を二つに絞ると、やっぱり生活のハリがなくなってしまったんですよね。仕事をしていない、一銭も稼いでいないことへの焦りも出てきて、その年の6月頃に、翻訳者ネットワーク「アメリア」で紹介されていた翻訳会社のトライアルに挑戦しました。結果幸運にも合格し、翻訳会社からTOEICの教材の校正の仕事をいただきました。その後も同じ翻訳会社から断続的に仕事をいただいています。また7月には「テクニカル」の定例トライアルで2度目の「A」を取って、「クラウン会員」になることもできました。

  • 夢への一歩

    松村さん

     書籍を訳すという当初の夢にもちょっとだけ近づきました。10月に出版翻訳の一般公募に応募したら下訳者に採用されて、経営関係のビジネス書を年末までに訳すことになったんです。今、その翻訳に取り組んでいるのですが、毎日原書5ページを訳すのがどれほど大変か、身に染みて感じています。全体で260ページほどあり、年末までの時間で割ると、文字通り朝から晩までやらないと終わらないんですね。想像していた以上に調べ物もたくさんありますし。
     学習と仕事は、やっぱり違います。お金をもらう以上当然プレッシャーもありますし、あとはスピードですね。学習のときは、持てる力を1ページの文章にいかにつぎ込んでうまく仕上げるかということに集中していればよかったわけですが、仕事となると、一定の時間でどの程度のレベルに揃えられるかということになるので、やはり全然違うと思います。

念願だったクラシック音楽の翻訳出版

  • 音楽書を訳したい

    松村さん

    松村哲哉さんの翻訳作品
    松村哲哉さんの翻訳作品

     クラシック音楽が好きで、今まで仕事にハリを持って生活できたのも、クラシックを聴いていたおかげだと思っています。クラシック音楽というと、ドイツやイタリア、フランスが本場ですが、実はクラシック音楽関係の本を一番書いているのはイギリス人です。だから音楽研究や音楽に関する本の多くは英語で読めるんですよね。ただ良い本が日本では必ずしも翻訳出版されていないんです。だからこそ、おもしろい英語の音楽書を日本に紹介したいという強い気持ちがあって、何度かアメリアの「出版持込ステーション」に企画を出していますが、まだ出版には結びついていません。どの本も脈はあるのですが、ちょっとマニアックすぎるということで……。

     企画を出したときに感じたのは、自分に翻訳能力があるということを証明できないと、企画だけ採用されて、「ありがとうございました。翻訳はほかの人に任せます」ということになる可能性が高いということです。そうならないためには実績を積まないといけないですね。今回の下訳も謝辞に名前が出るだけでも実績は残りますし、あわよくば名前の出る仕事を何か手がけることができれば、企画が通ったときに、「ぜひ翻訳をやらせてください」と言うことができますから。
     音楽の関連知識は本業だった百貨店業務以上に自信があるので、音楽書であれば存分に専門知識が活かせそうです。既存の音楽書は誤訳が多かったり、内容は正しくても日本語が読みづらいものがけっこうありますので、早く実績を積んで出版社に売り込みたいと思っています。

    ※このインタビューの後、松村さんは音楽書籍の翻訳出版を見事実現されました。

  • 第二の人生で翻訳家を目指す方へ

    松村さん

     ある程度翻訳力をお持ちであれば、仕事はいただけると思います。ただ、僕もまだ翻訳で食べていける状態にはなっていないですし、すぐに稼ぐのは難しいので、会社を辞めて翻訳の学習を始めるには、多少経済的な余裕がないと厳しいのではないでしょうか。
     また、僕は辞める前に一年半ほど通信講座で学びました。仕事が終わって疲れていても、1~2時間は翻訳の学習をする気がおきたので、これならやれるのかなと自信が持てました。翻訳は根気のいる作業ですので本当に続くかどうか、自分で確認してから最終的に判断されたほうがいいと思います。

     僕自身は、早期退職しフェローで学び、少しずつではありますが翻訳の仕事を始めています。第二の人生として翻訳業を選んだことに全く後悔はありません。これからの人生を楽しみながら充実した日々を送り、翻訳の仕事を死ぬまで続けたいと思います。

top btn