トランスポット

   

実務翻訳者 矢能千秋さん

発信者の意を汲み取って伝える、
日本人だからこそできる英訳を

英訳をメインに翻訳者として活躍する矢能千秋さん。FacebookやTwitterで発信する「顔の見える翻訳者」として、機械翻訳に負けない「人間翻訳者」として、講師として、出版翻訳者として、多方面にご活躍です。現在、フリーランス翻訳者として17年目。安定した仕事をこなしながら、矢能さんが考えるのは次の10年。自分はどうなりたいのか、何ができるのか、模索した結果、1冊の本の翻訳に携わる機会を得ました。仕事の幅をますます広げる矢能さん。その秘訣は?

日本企業が海外に向けて情報発信するお手伝いを

  • 翻訳歴17年ということですが、現在は主にどのような翻訳をなさっているのか教えていただけますか。

    矢能さん

     現在、主に仕事をいただいているのは、鉄道会社と地方自治体です。ドキュメントの内容でいうと、スピーチ、挨拶文、プレゼンテーション、ウェブコンテンツ、マーケティング資料、印刷物などが多いです。翻訳者になる前はコンサルティング会社勤務で、広く浅く多岐にわたる分野の仕事をしていたため、専門というものがありませんでした。それで、どんな会社でも発生するような一般的な文書の翻訳依頼を多く引き受けていたのですが、そうした種類の文書は業種を横断してニーズがあるため、かえってさまざまな業種のクライアントから依頼をいただくようになりました。

  • 英訳がメインだそうですね。

    矢能さん

    実務翻訳者 矢能千秋さん写真

     最初から英訳のみに絞ろうと考えていたわけではありません。自分にできるもの、合っているものを模索していった結果、残ったのが日英翻訳でした。
     鉄道会社のプロジェクトでも、私以外の英訳者は英語ネイティブの方もしくは英語圏に住んでいる日本人だそうです。そんななかで私の英訳者としての位置づけは、“かゆいところに手が届く、あうんの英訳サービスがほしい時に頼む人”なんじゃないかと思っています。
    英語ネイティブの方に頼むと、すらすらときれいな英語にしてくれるけれども、英語がこなれているだけに「原文と違うよね」とお客様からチェックが入ることがあるんです。想定読者は必ずしも英語ネイティブではないため、日本語で書いてあることをプレインな英語でそのまま訳してほしいというニーズが必ずあります。
     それから、例えばスピーチ原稿にしても、忙しい日本人のお客様が書く原稿は、英語にするには言葉が足りない場合も多く、何を言わんとしているのか、意を汲んで伝えなければならないことがとても増えています。時には、そういう立場の方がこの文章で何を伝えるだろうかと考えて、足りない言葉を補足して英文にすることも必要です(もちろんご提案したうえで、了承を得てのことですが)。そんなときに私に依頼が来るのではないかと思っています。
     日本のお客様が海外に向けて伝えたい情報を発信するお手伝いには、とてもやりがいを感じますので、英訳は私に合っていると思います。

  • 直取引の仕事もあるようですね。翻訳会社経由の仕事とどのような点が異なりますか?

    矢能さん

     メインの仕事は翻訳会社経由で、直取引のクライアントは全体の25%くらいでしょうか。もともと会社員時代に広告業界でエージェント業務をしていましたので、見積書の提出や納期の交渉、場合によっては自分以外の翻訳者の手配、チェッカーの手配など、すべて自分でできます。企画提案営業にもなれているので、翻訳の仕事でも直取引の場合は内容に踏み込んだご提案をするケースもあります。
     翻訳会社を介すよりも翻訳料が高いことが直取引の魅力ではありますが、必ずしもよいことばかりではありません。例えば、直の場合は翻訳料がきちんと振り込まれるかどうか確認しなければなりません。遅れたり、場合によっては振り込まれなかったりというリスクもないとは言えません。その点、翻訳会社経由の場合は、見積書や交渉ごとなど翻訳以外のことは翻訳会社が代わりにしてくれます。PDFで支給される原稿を翻訳会社の担当者がテキストに変換してくれることもあります。翻訳者は翻訳だけに集中できるので、直取引よりもレートが低いのは、その分の手間代だといえます。直取引とエージェント経由、いずれにも利点があるのではないでしょうか。

回り道もした結果、たどりついた翻訳者の道?

  • 現在は実務翻訳の日英を中心にご活躍の矢能さんですが、最初から翻訳者を目指したわけではなかったようですね。どのようにキャリアを積んでいき、最終的に翻訳者にたどり着いたのでしょうか。

    矢能さん

    実務翻訳者 矢能千秋さん写真

     英語を使って仕事をするということは昔から意識していたように思います。子どもの頃にテレビで放送されていた『兼高かおる世界の旅』が好きで、大きくなったら兼高さんみたいに世界を飛び回る、と小学生の卒業アルバムに書いていました。その夢の第一歩として、英会話教室に通わせてもらっていました。
     高校の英語の先生がビートルズのファンで、夏休みの補講で洋楽を一緒に歌ったりニュース記事を読んだり、普通とは違う授業で英語がますます好きになりました。高校卒業後はその先生に勧められて外国語学部英語学科に進学することに。それが現在のキャリアにつながるスタートになりました。
     その大学は海外に提携校がいくつもあって、ほとんどの学生が1年ほど留学します。私も3年次に西海岸の4年制大学に1年留学しました。留学が終わったら日本に帰って半年で卒業、そして就職となるわけですが、このまま帰国して私はどうするんだろうと考えたんです。
     日本の大学ではESSに所属して英語劇にも取り組んでいましたし、英語のスピーチコンテストで入賞したこともあり、英語には多少は自信がありました。ところが留学してみると、授業やテキストの英語はそれなりに理解できるのですが、学生の日常会話が理解できないんです。このままの中途半端な英語では、仕事で使うといっても限界があります。そこで、そのまま卒業まで留学先の大学に残らせてもらったんです。結局、日本で2年半、アメリカで3年、合計5年半かかって大学を卒業しました。

  • 留学先で英語力を磨いて、実際に英語を生かせる仕事に就くことはできましたか?

    矢能さん

     それが、そううまくはいきませんでした。就職は、コンサルティング会社の海外事業部から内定をもらっていたのですが、私が就職した当時はバブルがはじけ気味の頃でした。いざ入社してみると海外事業部は縮小が決まっていて、関連会社の広告代理店に出向することになったのです。仕事はマーケティングです。クライアント企業から依頼を受け、展示会やセミナー、広告などさまざまな媒体を使ってビジネスマッチングを実現させるのですが、クライアントは日本の企業なので英語はまったく必要ありませんでした。
     3年半ほど勤めたところで、さらに別の関連会社で海外事業部が立ち上がるという話を聞きつけ、そこへの転籍を希望しました。そちらも同じくマーケティングの仕事ですが、クライアントが米国企業で、ロサンゼルス支社の日本窓口という位置づけでしたので、今度は英語を使う機会がありました。
     その部署では、結局5年半ほど働きました。最後の半年はロス支社に出向したので、毎日英語を使う日々でしたが、大学を卒業してから10年近く経っていたのと、学生時代に使っていた英語とビジネス英語とは違うこともあり、自分では専門だと思っていた英語が弱くなってきているのを身に染みて感じました。もう一度英語のてこ入れをしないといけない、そんな気持ちになりました。
     そこで帰国後、平日の夜間と週末に通訳・翻訳のスクールに通うようになったんです。

  • そこで転機が訪れたわけですね。英語を磨き直して転職しようと。

    矢能さん

     はい。改めて英語の勉強を始めて、この先どうしようかと考えました。当時の私は年俸制のフレックス勤務で、会社まで歩いて通える距離に住み、深夜でも休日でも構わず仕事をして、プライベートと仕事の境目がないような生活をしていました。結婚もしたいし子どももほしいと考え、半年の間に、入籍、退職、引っ越し、合資会社を設立。私はさらに1年半、通訳と翻訳の勉強にいそしみましたが、その間に子どもができて出産、ということになりました。

  • 通訳と翻訳、両方の勉強をしたようですが、どちらかに絞らなかったのはなぜですか?

    矢能さん

     英語をもっと磨いて仕事をしたいという思いで通訳と翻訳を学び始めましたが、最初のうちはまだ具体的にどういう方面に進むか決めていませんでした。何が自分に向いているのかわかりませんし、あらゆる可能性を追求したいと思い、翻訳と通訳の入門から実践まで、さまざまなクラスを受講しました。
     子どもができて、子育てと両立するには翻訳のほうがいいかとも思いましたが、せっかく留学までしたのでリスニングやスピーキングの力を維持したいという思いがあり、通訳も諦められませんでした。雑誌などで情報を集めて、通訳のほうが稼げるとか、翻訳ならメディカルや契約書のレートがいいとか、何か情報を得れば、その勉強をしてみたり、多方面に可能性を探る時期がありました。
     スクールでの学習が終わったのが2001年3月でしたが、子どもを産んだのも同じく3月。最後のほうは通学から通信に切り替えてなんとか講座を終えたんです。7カ月の早産で生まれたので、そこからしばらくは育児が大変でした。一方で、せっかく学習を終えたのに、早く仕事に結びつけないと、という焦りもありました。

  • 初めての翻訳の仕事はどのように得られましたか?

    矢能さん

     結局、その年の12月に翻訳の仕事の打診を受け、それが初仕事になりました。通っていたスクール系列のエージェントから紹介された仕事で、インターネットラジオの英語放送を聞いて日本語に要約するという内容でした。週5回の放送を2人で分けて、私は週に2回担当しました。通訳と翻訳の両方を勉強していたので打診があったのだと思います。リスニングがあり、また全文訳ではなく要約という、通訳と翻訳のはざまにあるような仕事でした。この仕事は2年ほど続きました。

  • 翻訳の仕事を始めた当初は、翻訳以外の仕事もされていたそうですね。

    矢能さん

     はい。スクールで受講したクラスのひとつに、同時通訳者の草分け的存在である村松増美先生の「通訳入門」がありました。ちょうど村松先生が「NPO法人えむ・えむ国際交流協会」を立ち上げようとしていた頃で、その事務局を手伝うことになったんです。
    スクールを終えて仕事を始めると、月例会開催の通知やホームページの更新といった仕事を自宅でやることになりました。ですから私のフリーランスとしての駆け出しの頃は、NPO法人事務局の仕事と翻訳の二足のわらじでした。
    村松先生は通訳者でしたので、先生の紹介で通訳の仕事の手配などもして、私自身も逐次通訳のスタッフとして加わったこともありましたが、初めてでうまく仕事がこなせず、ペアを組んだ方に迷惑を掛けてしまったことがありました。通訳者としてやっていくと心に決めていたら、それを教訓にさらに勉強に励んだかもしれませんが、その頃の私は他の仕事や子育ても忙しく、どうしても通訳を続けたいという覚悟がありませんでした。

無理せず自分らしく「人間翻訳者」が私の仕事

  • フリーランス翻訳者として仕事をスタートさせたわけですが、仕事は順調でしたか?

    矢能さん

    実務翻訳者 矢能千秋さん写真

     仕事が軌道に乗るまでの数年間は、怖いもの知らずで依頼される仕事はすべて請けていました。ですから、契約書、論文、株主総会の案内、会計報告書など、ジャンルもさまざまでした。
     今振り返ると、スクールを出てからすぐに翻訳一本ではなく、NPO事務局の仕事と2本柱で収入を得られたのは、とても恵まれていたと思います。多くの駆け出し翻訳者の皆さんは、昨日まで課題をやっていたのに、今日からフリーランスとして、いきなり厳しい納期で、仕事を選ぶこともままならず、プロの仕事をするという状態に置かれます。私の場合は、事務局の仕事で半分以上の収入を得ていたので、無理に仕事を詰め込む必要もなく、勉強する時間も取れました。例えば、契約書の仕事を初めて請けたときは、関連本を3冊ほど読んで調べてから翻訳に取りかかったりしていましたね。英訳では「英語ネイティブチェックを掛けないとダメだよ」と村松先生に言われたので、英語ネイティブのチェッカーを探して、一緒に組んで仕事をしていました。

  • 二足のわらじの期間は、その後もずっと続いたのですか?

    矢能さん

     それが、村松先生がご病気になってしまわれたため、事務局の仕事は4年半で終了しました。そうなると翻訳の仕事をもっと増やさなければなりません。幸い、先生やスクールのクラスメートが紹介してくれたこともあり、仕事量は徐々に増やしていくことができました。そのとき紹介していただいた仕事のひとつに鉄道会社の翻訳プロジェクトがありました。プロジェクトの末席に加えてもらってから12年間経ちますが、現在でも私のメインの仕事として続いています。

  • 鉄道というと専門知識が必要な分野のように思いますが、その点は大丈夫だったのでしょうか?

    矢能さん

     「鉄道案件はできますか?」と尋ねられて、「きかんしゃトーマスとプラレールで鍛えています」と答えたのを覚えています。鉄道は息子とよく近所の車両センターに見学に行っていました。
     ただ、新人として参加させていただいたので、いきなり難しい仕事は振られませんでした。どんな業種であれ、会社で発生するドキュメントには多種多様なものがあります。鉄道会社だからといって鉄道の専門知識が必要なものばかりではなく、書簡などの一般的なものもあります。最初はそういう文書から始めて、OJTで教えてもらいながら、徐々にテクニカルな内容も訳せるようになっていきました。

  • 矢能さんの名刺には「人間翻訳者」と書いてありますね。これはどういう意味でしょう?

    矢能さん

    「人間翻訳者」は私の屋号です。翻訳ツールをあまり使わずに翻訳をしているので、それをこのように表現しています。
     実務翻訳を生業としている者として、私もTradosくらいできなければと思い、購入したことがあります。個人レッスンも受けて、使えるようになったのですが、どうも相性が悪いというか、自分の思うような仕上がりにならなくて……。翻訳する以外のことに神経を使わなければならないのがわずらわしく、どうしてもなじめませんでした。
     そこで考え方を切り替えたんです。ツールが使える人は大勢いるから、私である必要はないと。私は、私である必要があるものを訳せばいいんだという考え方に落ち着きました。

  • それは具体的にはどのような翻訳ですか?

    矢能さん

     翻訳支援ツールを使わない案件も、まだまだたくさんあります。Tradosのような翻訳支援ツールは、過去の翻訳資源の再利用ですよね。過去の翻訳がTM(トランスレーション・メモリー)に入っていて、それを効率よく再利用できるようにツールが補助してくれると。ということは、過去の翻訳がない新規の案件や繰り返しがない案件に使ってもさほど利点はありません。そういういきさつで、私のところには新規の案件の依頼が集まってくるようになりました。
     例えば、経営企画の「長期計画書」や今後10年間の「経営ビジョン」、販売促進の「プレゼンテーション用資料」などは、常に見直して新しいものを作成しなければなりません。社長や役員の「あいさつ」やカンファレンスでの「オープニングスピーチ」「クロージングスピーチ」などもそうです。言ってみれば、スピーカーの顔が見える文章ですね。過去に似たようなものがあったとしても、それと同じ訳文にする必要はない。常に表現や言葉を見なおし、スピーカーの思いを伝える文章でなければならないので、既訳に捕らわれずに翻訳した方が仕上がりがよく、翻訳支援ツールには合わない案件といえるでしょう。
     このような翻訳案件は内容重視で、「この人に頼めば大丈夫」と指名でいただくことが多いので、リピートの仕事になります。担当の方が異動したら仕事が来なくなったという話も聞きますが、指名していただける仕事の請け方であれば、たとえ担当の方が異動になっても、後任の方に引き継がれていき、また声をかけていただけます。
     いわば、ひとつひとつテーラーメイドの翻訳ですね。もちろん過去の原稿にも目を通しますが、昨年と今年は同じである必要はありませんし、常に新しい情報を取り入れつつ提案させてもらうことで、はじめて対等なビジネスパートナーになれると思っています。

自分でゴールはつくらない。新たなことに挑戦を!

  • 最近は出版翻訳の仕事も始められていますね。どういうきっかけだったのでしょう?

    矢能さん

     2012年にある対談に参加して、フリーランス翻訳者の仕事観についていろいろと話をさせてもらいました。当時は翻訳者になって13年目くらいでしたが、そこで「出版翻訳。夢ですね」と発言しているんです。あまり意図していたわけではなく、無意識でした。実務翻訳はスピードを求められるため、瞬発力が必要です。それなら何歳まで続けられるだろうと考えたんです。企業の定年の時期、65歳くらいかなと想像しました。発注側の担当者のほうが若くなってくると、あまり年上の翻訳者には依頼したくないと思うかもしれません。
     では、その先はどうしよう。そこで考えたのが、仕事の柱を増やすことで収入を安定させよう、ということでした。実務翻訳という柱に加えて、2012年には講師の仕事を始めました。そして次に増やしたいと思った柱が出版翻訳でした。

  • 同じ翻訳とはいえ、実務と出版ではフィールドが大きく違います。どのようにして出版翻訳の世界に入っていったのですか?

    矢能さん

    『世界のミツバチ・ハナバチ百科図鑑』(河出書房新社)

     “顔の見える翻訳者”になろうと思い、東日本大震災の後くらいからTwitterやFacebookを始めました。言われた通りに翻訳するだけじゃなくて、提案営業を積極的にしていこうと考えたからです。おかげで、徐々に紹介や直取引が増えていきました。
     また、多くの翻訳者の方とつながることもできました。あるときFacebookを見ていたら、出版翻訳の方々が参加する会の写真を目にしたんです。隣の芝生は青いんですよね(笑)。「いいな、私もあそこに行きたいな」と思いました。
     夢を夢だと言うだけではそれで終わりです。具体的に行動を起こしたら叶うかもしれません。産業翻訳と出版翻訳の二足のわらじを履いている先輩方にいろいろと話を伺い、翌年の会の受付を手伝わせてもらいました。そのときに幹事をされていた編集者の方にご挨拶させていただき、年が明けてから鉄道の本のゲラ校正を手伝わせてもらったんです。
     その年の後半に翻訳の打診をいただいたのがミツバチの本でした。『世界のミツバチ・ハナバチ百科図鑑』(河出書房新社)という本ですが、3名の共訳で、私は第1章と図鑑の部分を担当させてもらっています。

  • 実務翻訳の仕事をしつつ、書籍の翻訳もするというのは大変ではなかったですか。どのように両立させたのでしょう?

    矢能さん

     そうですね、実務翻訳を完全に休むことはリスクが大きいので避けたいところです。そこで両立させるためのバランスを考えました。
     実務翻訳の仕事で、自分がどれくらいの量を翻訳できるのか知るために、私はずっとどのくらいの期間で何枚を訳したか記録を取っていました。今までの最高は1か月で200枚でしたが、ここまで多いと文章も荒れてきます。150枚くらいなら問題ないだろうと判断しました。
     それで、編集者の方から「1か月でどれくらいできますか?」と尋ねられたときに、私は100ページと答えたんです。実務翻訳と出版翻訳のページ数は必ずしも一致しませんが、出版翻訳100ページ、実務翻訳50ページと考えて、取引のある翻訳会社の担当の方には「ちょっと大きな仕事が入りました」と連絡して、レギュラーで担当させてもらっていた案件に絞ってもらえるようにお願いしました。
     よく、駆け出しの翻訳者で、自分がどのくらい翻訳できるかわからない、という方がいますが、過去の記録を見ればだいたい判断できますので、データをためておくといいと思います。

  • 実務翻訳では英訳がメインだということでしたが、出版翻訳では和訳になりますね。その点で不安はありませんでしたか?

    矢能さん

    英訳するときにも英文をたくさん読みますし、留学していたおかげで英文を読むのは苦にならなかったので、原文を読んで解釈するほうは、問題ないだろうと思っていました。原稿を読ませてもらいましたが、図鑑ということで本文自体は比較的プレインな英語でした。固有名詞の調べものには苦戦しましたが、監修の先生も見てくださるとのことでしたし、これほどの機会はないとお受けしました。
     日本語のほうは、出版翻訳をいつか手がけたいと口に出したころから、勉強会などに参加するようにしていました。やりたい、やりたいと言っていたのに、いざ仕事が来て、スキルがないということでは困るので、自分なりに準備は整えていました。

  • その後、さらに出版翻訳の講座で勉強を続けているそうですね。

    矢能さん

     はい。自分の文章が本になり、自分の名前が表紙に載るわけです。そこには大きな責任があると身に染みて感じました。
     多くの方がお金を出して本を買ってくれると考えると、実務翻訳よりも広い読者層を想定した、読みやすい日本語が求められます。納期が厳しく、スピードが求められる仕事も少なくないと聞きます。刊行点数や冊数が減ってきている昨今の状況を考えると、私が以降も依頼をいただくためには、もっと勉強しなければと思いました。今でもいくつかの勉強会に参加しています。

  • 現在は講師業のほうもなさっていますが、こちらはどういう理由で始められたのですか?

    矢能さん

     実は、以前は講師の仕事にはあまり関心がありませんでした。でも、子育てを経験したからでしょうか。ひとが育つのを見るのは楽しいと思うようになりました。
     スクールを出て翻訳会社のトライアルを受け、いきなりフリーランスの翻訳者になってしまうと、戸惑うことがたくさんあるんじゃないかと思います。何も知らないから、ただ言われるがままという状態で仕事を始めたり、戸惑いながらツールを使ったり……。人はそれぞれ、自分に合うやりかたがあるので、それを発見するためにお役に立てればと思います。

  • フェロー・アカデミーでは「ビジネス英訳ゼミ」をご担当いただいています。この講座の特徴を教えていただけますか?

    矢能さん

     授業は1か月に1回、課題はA4で1枚程度のものを2週間で訳してメールで提出してもらいます。それを添削して授業で解説するというサイクルです。
     1枚程度なら、プロであれば1時間で訳せる量です。それに2週間をかけるのはなぜかというと、調べる時間が十分にあるということです。インターネット上を探せばお手本となる対訳がいくらでも見つかります。初めて訳す種類の文書であっても、しっかり調べて取り組めば、完成度の高いものが出来上がるはずです。調べずに訳した文書は、読めばすぐにわかります。提出する訳文には、必ずやる気の度合いが反映されますので、覚悟を持って取り組んでいただきたいと思っています。
     半年の講座でどこまで身につけていただけるかは、その方の意欲次第でもありますが、こちらが気になったところはどんどん指摘しますし、フリーランス翻訳者として活躍するための心構えなど、私に伝えられることはできる限り伝えるつもりです。また、「伝達ミスのないクリアな訳文を目指す」という点はフリーランスと共通していますので、社内で翻訳をしているという方も歓迎です。3年後の東京オリンピックやインバウンドの増加などもあり、日本人英訳者の活躍の場は広がっていくと思います。本気で取り組んで、そのまま仕事に結びつくスキルを身につけていただきたいです。

【編集後記】
独自の考え方で翻訳者としての道を切り拓いてきた矢能さん。とても好奇心旺盛、向上心のある方で、生き生きと楽しみながら、ぐんぐん前へ進んでいく、そんな印象を受けました。次の本を出すのが現在の目標だとか。その知らせが届くことを楽しみにしています。

矢能 千秋<やのう ちあき>さん
プロフィール
矢能千秋さんのプロフィール写真

レッドランズ大学社会人類学部卒業(専攻:社会学、心理学)。帰国後、コンサルティング会社の広告代理店にて、マーケティングに従事。その後、国際部へ転籍し、日米間におけるマーケティングに携わる。約10年勤めた後、サイマル・アカデミーに通学し、通訳・翻訳を1年半学ぶ。翻訳者養成コース本科(日英)修了。NPOえむ・えむ国際交流協会(代表:村松増美)事務局を経て、2001年からフリーランス。英語ネイティブ校正者とペアを組み、スピーチ、ウェブコンテンツ、印刷物、鉄道、環境分野における日英・英日翻訳に従事。2012年より翻訳学校で講師を務める。日本翻訳者協会(JAT)会員。共訳に『世界のミツバチ・ハナバチ百科図鑑』(河出書房新社)。

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JAT(日本翻訳者協会)掲載のプロフィール

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