トランスポット

   

ビジネス英語講師 日向清人さん

持ち前の単語力、文法力に
「英語らしさ」というスパイスを加える

法律・金融系の翻訳者を経て、現在はビジネス英語の講師・書籍執筆を行う日向清人さんのご登場です。日本の英語教育とは一線を画す、英語圏で教えられている英文ライティング術、英文法の考え方などをわかりやすく解説した書籍が人気で、日向さんによると、「日本人でも英文ライティングのコツさえつかめば、英語ネイティブが読んで違和感のない自然な英文が書けるようになる」のだそうです。そのためには何を学べばいいのか、どういう点を強化すべきなのか、日向さんに伺いました。大勢の受講生にビジネス英語を教えてきた経験からたどり着いた、英文ライティングのスキルアップ術をたっぷりご紹介します。

専門を持つことで得意分野を深く追究できる

  • 翻訳者・通訳者としてお仕事をされることになった経緯を教えていただけますか。

    日向さん

     はい。子どもの頃、幼稚園から小学校を卒業するまでは海外で暮らしていました。3歳のときにロンドンの幼稚園に入り、いきなり英語だけの環境になったのですが、子どもって気にしないですよね。3歳だから日本語もまだ上手じゃないし、いつの間にか英語がしゃべれるようになっていた、という感じです。中学で日本に帰ってきて、英語を忘れないようにと親に英語勉強会に行かされましたが、自分としては日本語の書き取りを勉強するほうが必死でした。
     大学では法律を専攻しました。将来どうしたいという目標が見つからないまま大学院に進んだのですが、その頃から知人に頼まれて翻訳や通訳をするようになりました。当時は今ほど英語のできる人が多くなかったので報酬の水準も高くて、この仕事なら自分のスキルを生かせると思ったんです。大学卒業後は就職せずに、そのままフリーランスの翻訳・通訳者になりました。

  • 英語は得意だったと思いますが、翻訳・通訳を仕事にするということで特別に何か勉強をしましたか?

    日向さん

    日向清人さんインタビューの様子

     海外から友人が来ると普通に英語で話していましたし、自分では英語ができると思っていたのですが、大学院生の頃に親に勧められて何気なく受けたケンブリッジ英検に落ちてしまって……。それから1年間、英語を勉強し直しました。
     ケンブリッジ英検の成績表を見ると、ライティングが悪かったんです。試験の設問でひとつ覚えているのが、「宇宙人に“傘”を説明しなさい」というものです。私は確か「取っ手があって、支える支柱があって、円形の覆いがあって……」と書いていったのですが、それでは英文ライティングとしてダメだったんですよね。当時は英文ライティングを解説した本はまだ少なかったのですが、いろいろかき集めて読みあさりました。その結果わかったのが、先の設問なら「地球では雨というものが降る。雨に濡れるのを防ぐ道具が傘である。円形のドーム状のもので雨を防ぎ、それを支える支柱があり、手で持つための取っ手がある」のように、概要から入って詳細に詰めていくべきだったんです。このとき、英文ライティングにはしきたりがあるということを初めて知りました。
     ケンブリッジ英検は、翌年もう一度受けて無事合格しましたが、その1年間で英語を改めて勉強し、多くのことに気づきました。

  • 学び直したことが、翻訳や通訳の仕事の基盤になったのですね。フリーランスとして、どのような仕事をしましたか?

    日向さん

     最初の仕事は、国際機関にいた知人に頼まれた広報資料の和訳でした。その後、外務省の外郭団体が海外から招聘したオピニオンリーダーの国内旅行に随行する通訳を募集していたのに応募し、3年ほど従事しました。この時代は特に専門もなく、受けた仕事を何でもこなしていましたね。5年ほどフリーランスで仕事を続けましたが、30歳になる頃に、このまま何でもやっているのではなく、お客さんが向こうから来てくれるようになるためには専門を持つべきではないか、何かに特化したほうがいいのではないかと思うようになりました。大学の専攻が法学部だったので、法律事務所での翻訳者の求人に応募し、社内翻訳者として勤めることにしました。

  • 分野を絞ったことは、結果的によかったですか?

    日向さん

     はい、キャリアパスとして正しかったと思います。というのも、それから5年くらい過ぎた頃に、外資系証券会社からヘッドハンティングの話があったんです。法律関係の翻訳は契約書などパターン化されたものも多く、専門分野としてほぼ身についた気がしていましたし、金融・証券という分野も専門性が高く魅力的だったので、この話を受け入れて転職しました。
     社内翻訳者として5~6年勤め、金融・証券の知識が身についた頃、独立してフリーランスに移行しました。元の会社からの仕事を受けつつ他の会社からの翻訳依頼も受けるようになり、スムーズにキャリアアップをしていくことができました。

教えることは面白い、書籍はより多くの人に喜んでもらえる

  • 現在は講師の仕事と書籍の執筆の仕事がメインとのことですが、いつ頃から始められたのですか?

    日向さん

    日向清人さんインタビューの様子

     講師の仕事はサラリーマン時代に、「学期の途中で講師が辞めてしまって、ビジネス英語を教えられる人を探しているのだが」と知人に言われて、夜間の社会人向けビジネス英語講座の講師を務めたのが最初です。
     会社を辞めてフリーランスになったと言うと、今度は「昼間の授業も持ってくれ」と頼まれ、それから講師業が本格的になっていき、一時はフルタイムの講師と同じくらいの週6コマを受け持っていました。
     人に教えるのは面白いし、受講生が喜んでくれるのはやりがいがあると感じていたので、次に「書籍にすればもっと多くの人に喜んでもらえる」と思い、教える合間に執筆をするようになったんです。そんなふうに講義と執筆が忙しくなっていって、翻訳の仕事は控えるようになりました。翻訳って集中力がいりますからね。並行してやるのが難しくなって、教える仕事のほうを選んだというわけです。

  • ご自身が最初に受けたケンブリッジ英検で合格できずに、1年間英語を学び直していろいろな気づきがあったということですが、それが教えることに繋がったのでしょうか?

    日向さん

     そうですね。例えば『即戦力がつく英文ライティング』(2013年、DHC刊)は、あのときいろいろなライティングの本を読んだことがきっかけになって、最終的に生まれた本といえます。この本の中身は、英語圏でライティングを学んだ人なら誰でも知っている、非常に素朴な、常識的なことばかりなんですが、それがなぜか日本には伝わっていないなと感じていたんです。どうやらそう思っていた方は大勢いらっしゃったようで、多くの方から反響をいただきました。

  • ライティングやスピーキングもそうですが、日本人は単語も受験の時にたくさん覚えるし、文法も一生懸命勉強するのに、書けない、話せないとよく言われますよね。

    日向さん

     そうですね。海外のレストランで、ウェイターに英語で話しかけられた日本人が、本当に簡単な英語なのに、焦ってしまって聞き取れずにあたふたしている、というシーンに出くわしたことがあります。ウェイターが言うセリフなんて限られているのに、どういうことを言うのか考えたことがないから、焦りが先に出て、あわてふためいてしまうわけです。本当にもったいないです。単語力もあるし文法もわかっているのだから、手順さえつかめば簡単にコミュニケーションが取れるようになります。

  • その手順をつかむのが難しいと感じるのですが……。

    日向さん

     難しくはありませんよ。これまでに多くの受講生の方に教えてきましたが、皆さん、短時間の演習ですばらしい進化を見せてくれます。例えば、社会人向けのビジネス英会話の授業では、まず授業の前半45分間で15のキーフレーズをディクテーションを通じて暗記してもらいます。グループで代わる代わる英文を読み上げて書き取りをし、答え合わせをする。そんなふうに暗記してもらって、後半45分で3人ずつくらいのグループに分かれて、15のキーフレーズをできるだけ盛り込んで会話文を作ってもらうんです。すると、皆さん、けっこう臨場感のある会話文を作ってくれます。
     日本の英語教育では特に、単語や文法を詰め込まれます。詰め込まれてばかりで、アウトプットの手順をきちんと教えてもらったことがない。でも、手順を教えると、たった90分の授業でも、かなりできるようになるんです。日本人の英語水準は基本的に高い。それなのに、手順を知らないからできないだけなんだと気づきました。
     特に翻訳の道を志す方なら基礎的な英語学習という土台はできているでしょうから、あとは手順がどういうものかを学ぶだけです。日本語がどういうもので、英語とどう違うかを改めて勉強し、日本語感覚で英語を処理することのないように心がければ、日英翻訳のスキルアップになると思いますよ。

英文ライティングのコツは、センスよりもマニュアル

  • ビジネスの現場で通用する「英文ライティング」とは、どういうものでしょう?

    日向さん

     単に日本語を英語に置き換えるのではなく、英語らしい「つながり」と「まとまり」があり、相手にも英語の実務文書であると認識してもらえる文章を書くことだと思います。

  • 英語らしい「つながり」と「まとまり」とは、どういうことでしょう?

    日向さん

     日本のように同一の文化の中で育った者どうしは、すべてを明確に示さなくても、相手が察してくれる、行間を読んでくれるということがあります。だから日本語の文章には主語をはじめ省略が多い。一方、アメリカがよい例ですが英語社会は異文化の集まりですから、共通の認識がない相手にもきちんと伝わるように手順を踏んで書く必要があるんです。適した接続詞を用いるなどして、前のセンテンスの内容を次のセンテンスが受けている、つながっているということが大事です。そのようにして複数のセンテンスを組み込むことで首尾一貫したパラグラフができ、さらには複数のパラグラフから成るまとまった長文ができあがる。その長文は結果としてきちんとした構造を持ち、本来の機能を果たしている、というのが理想的な英文ライティングです。
     要するに、英文らしさがあるかどうか、そこが重要なんです。英語の質感(texture)と言ってもいい。そのtextureが欠けていると、ネイティブか否かにかかわらず英語文化を共有しているユーザーにとってわかりづらい、なんだかおかしな文章になってしまいます。

  • ただ、その「英文らしさ」というのが難しいですよね。やはり留学経験や、英語圏での長期にわたる生活経験が必要でしょうか。

    日向さん

    日向清人さんインタビューの様子

    いえ、そんなことはありません。先に申し上げたように、現に90分の授業で皆さん水準以上の英文ライティングができるようになっていますから。センスじゃないんです、マニュアルなんです。実は英文ライティングには100年前から続いている4大類型というものがあります。類型に当てはめていると創作力が削がれるなど賛否両論ありますが、アメリカで大流行して多くの大学が教えたので、今でも英文ライティングの手法として根付いています。
     4大類型とは、「説明する文章(expository writing)」「描写する文章(descriptive writing)」「時間軸にそってストーリーを展開する文章(narrative writing)」「説得する文章(argumentative/persuasive writing)」で、それぞれどのように話を展開させればいいか、何に気をつけて書けばいいかがマニュアル化されています。このようなことを一通り勉強して、意識して書くようにすれば、普通に英語を使っている人々が書く英文に限りなく近づくことができ、英語ネイティブにも抵抗なく読んでもらえる文章がつづれるようになるのです。

  • では、日英の翻訳者を目指すには、どのようなスキルを磨けばよいでしょうか?

    日向さん

     日本の英語教育では、単語と文法ばかりを教えられてきたと思います。それさえきちんとやっていれば徐々に高度な運用力がついてくる、と言う先生もいますが、それは違います。そのような、ありがちな感覚から脱して、つまり狭い意味での言語能力では足りないことを認識し、状況・相手・話題に見合った言葉の使い方ができる「社会言語能力」と、正しい構成で文章をつづっていく「実際的運用能力」にまで目を配りつつ勉強することが必要だと思います。

  • 具体的に、どのような点を強化・改善すればよいでしょうか?

    日向さん

    「即戦力がつくビジネス英文法

    翻訳が単に言葉の置きかえではなく、思考表現のコンテンツがどのように言葉に反映されているかという“意味的側面”、コンテクストに合わせて言葉を選択する“語用論的側面”、書き手責任か読み手責任かという“文化的側面”の3つに目を向けることが重要です。
     まず“意味的側面”ですが、例えば「私はネコが好きだ」というとき、I like cats.もI like a cat.も文法的には間違いではありません。しかし、その意味を考えると、抽象的な all cats が好きなわけですからI like cats.と書かなければなりません。つまり観念を言葉で置き換えるときのルールを知っておく必要があるということです。
     次に“語用論的側面”ですが、文章にはそれぞれの分野に合った表現法があります。私はかつて法律関係の翻訳をしていましたが、その頃は法律家が使う英語を書籍などを読んで研究していました。例えば、契約書ではwillではなくshallを多用します。そういう文書の癖を知っていれば、それらしい文章が書けるようになります。英語だけでなく、日本語ライティングでもそうですよね。例えば、経済新聞の記事は体言止めが多いから、体言止めを意識して使えば経済記事らしい文章に近づけられます。その業界の人が読んで抵抗なくスッと読める文章を書くことが大事なのです。
     最後に“文化的側面”ですが、これは先ほども少し触れたとおり、文化の違いにより受け入れられる文章が違うことを理解する必要があるという意味です。文章には読み手責任(reader responsibility)と書き手責任(writer responsibility)の2つのタイプがあります。日本語は読み手責任の言語です。同じ文化で育ってきているので、文章に抜けや省略があっても、読み手が察して補いながら理解してくれる。英語は書き手責任の言語です。どんな立場の人が読んでもわかるように正しくわかりやすく書かなければならない。相手に伝わらなければ、それは書き手の責任です。high-context文化、low-context文化という言い方もあります。つまり言葉の背後にあり共有されている文化を理解しなければ正しいライティングはできないということですね。
     翻訳をする人は、問題意識と観察力がないと成功しません。言葉に関するさまざまな側面に興味を持ち、勉強していくこと。それが結果として翻訳の質の向上につながると思います。

コミュニケーションにはバランスの取れた言語能力が大事

  • 翻訳を学習中の方に、お勧めの勉強法があれば教えてほしいのですが。

    日向さん

    「ビギナーのための経済英語」(慶應義塾大学出版会)

     コミュニケーションは基本的に、ライティング、リーディング、スピーキング、リスニングの4つの技能を総動員して行います。翻訳者の中には、ときどき、翻訳だからライティングとリーディングだけできればいい、と言う方がいますが、それは間違いだと思います。ライティングとは、つまりはコンテクストに合わせて単語や表現を選んでいく作業です。それにはバランス感覚が大事です。
     その意味では、ケンブリッジ英検は4技能全部のテストがあるので自分の英語力の指標として活用できると思います。ただ、受験料が高いのと、試験が1日がかりなのが難点ですが。日本の実用英語検定でもいいのですが、1級は難しすぎます。ケンブリッジ英検の必要語彙数が約5000語に対して英検1級は8000語以上です。
     それから自分の専門を深く学ぶのもいいですね。金融、法律、ITといった分野でもいいですが、単に好きなものでもかまいません。例えば、魚が好きだったら、魚に関連する英語を一生懸命勉強するのです。魚の泳ぎ方にしても、さまざまな英語表現があるはずです。英文ライティングの類型のひとつに「描写する文章」がありますが、描写するときには大雑把に書くのではなく、なるべく具体的に書くことが求められます。そんなとき、魚の泳ぎ方をどう英語で表現すればいいかに深くこだわった経験が生かされると思います。何事も問題意識を持って取り組むことが重要です。そういう姿勢が仕事に生かされると思います。

  • 日向さんの今後の著書に関する活動を教えていただけますか?

    日向さん

     いま取り組んでいるのが、ジェネラル・サービス・リスト(GSL)の解説書の執筆です。GSLとは、1930年代に当時の有名なボキャブラリー専門家が5人ほど集まってロンドンとニューヨークで会議を開き、全会一致で学習者に必要だと認めた2284語のリストのことです。ずいぶん昔の話ですが、現代の専門家が調べても、書き言葉の9割、話し言葉の8割をカバーしているという結果が出ている、非常に有効性のある単語リストです。このGSLを単語テスト形式にして、訳文と解説を付け、1冊の本にまとめようと思っています。もう半分くらいはできたと思いますが、夏頃の出版を目指して残りを進めているところです。

  • 書き言葉の9割ですか。これを覚えれば英文ライティングにずいぶん役立ちそうですね。

    日向さん

     そうなんです。海外ではとても有名なリストなのですが、なぜか不思議と日本には伝わっていませんでした。ある先生が調べたところ、日本人はこの2284語中、およそ400語を知らないという結果が出たそうです。基本単語の2割近くが抜け落ちているとなると、ライティングにも支障が出ます。そこを埋めるだけでもかなり役立つと思います。ちなみにGSLの単語テストは私のtwitterでも発信していますので、興味のある方は覗いてみてください。

  • 最後に、翻訳学習中の方にメッセージをお願いします。

    日向さん

     情報量は拡大する一方ですが、人が学習できる量には限りがあります。ですから、何が必要かを見極め、それを確実に押さえるセンスが必要です。そのためには言語だけではなく、自分の専門を持ち、その方面の知識に厚みをつけていかないと間に合いません。たいへんな仕事ではありますが、高度な知的能力を要する仕事というものは、たいへんである以上に楽しいものでもあるはずです。いかに楽しみながらスキルを伸ばしていけるか、それが翻訳の質の向上につながっていくと思います。

【編集後記】
幼少期に英語を肌で学んだ日向さん。しかし、ケンブリッジ英検に不合格という挫折を味わい、ご自身で納得いくまで英文法や英文ライティングについて探求されました。だからこそ、ネイティブの英語が感覚的にわかりつつ、日本人の英文ライティングの弱点も理解できるのですね。英文法や日英翻訳で壁にぶち当たっている方がいらっしゃったら、日向さんの著書を一度手に取ってみるといいですよ。きっと突破口が見つかると思います。

日向清人さん
プロフィール
日向清人さんのプロフィール写真

父親の仕事の関係で、3歳から12歳まで、ロンドン、シンガポール、エクアドルで過ごす。慶應義塾大学では法律を学ぶ。同大学院修了後、フリーランスの英語翻訳・通訳者を経て、法律事務所の社内翻訳者として法律文書の翻訳に携わる。その後、英系投資銀行、米系証券会社で翻訳業務に従事したのち独立。約10年間、外資系金融機関を顧客として翻訳業務に携わる。そのかたわら慶應義塾大学で非常勤講師としてビジネス英語を教えはじめる。現在は大学講師、英語語学書の執筆を手がける。

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